PANASONIC DMC-LX3 , LEICA DC VARIO-SUMMICRON 5.1-12.8mm F2.0-2.8 ASPH. MEGA O.I.S.『Hydrangea macrophylla 7』
2007, June,
Zemusuzaka-dori str., Shinagawa, TOKYO南品川にあるゼームス坂。
もともと浅間坂(せんげんざか)と呼ばれていたこの坂は、非常に急坂であったそうだ。
明治時代、この坂下付近に住んでいたJ.M.ゼームスという英国人が私財を投じて緩やかな坂に改修。
それ以来この坂はゼームス坂と呼ばれるようになった。
久しぶりにこの坂にある「或るところ」にどうしても行ってみたくて訪れてみた。
つたない記憶を頼りに、この坂の途中の静かな路地を少し中に入った住宅街の一角・・・
それは以前と同じように今も静かに・・・ひつそりと立っていた。
PANASONIC DMC-LX3 , LEICA DC VARIO-SUMMICRON 5.1-12.8mm F2.0-2.8 ASPH. MEGA O.I.S.それが『レモン哀歌の碑』
この碑が建っている場所は、元「ゼームス坂病院」があった場所。
「ゼームス坂病院」は、詩集『智恵子抄』で有名な高村光太郎の妻、智恵子の終焉の地。
高村光太郎は、光雲の長男として東京で生まれ、彫刻家・詩人として活躍。
その妻智恵子は、福島県二本松の裕福な造り酒屋に生まれ、日本女子大学を卒業後、
光太郎と知り合い、大正3年(1914)に結婚。
智恵子は、そのころには珍らしく社会的自立を目指す女性で、絵画の創作を単なる趣味
ではなく、経済的自立の手段と考えていた。
しかし、父の死や実家の没落も打撃となり、智恵子は次第に精神を病むようになっていく。
光太郎は看病に専念するも、病状はすすむ一方で、昭和10年(1935)にこのゼームス坂病院に入院した。
しかし、退院できぬまま、、、3年後にその生涯を終えることとなる。
PANASONIC DMC-LX3 , LEICA DC VARIO-SUMMICRON 5.1-12.8mm F2.0-2.8 ASPH. MEGA O.I.S. 『レモン哀歌』
高村光太郎
そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
かなしく白いあかるい死の床で
私の手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした
あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
あなたの咽喉に嵐はあるが
かういふ命の瀬戸ぎはに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた
それからひと時
昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして
あなたの機関ははそれなり止まつた
写真の前に挿した桜の花かげに
すずしく光つレモンを今日も置かう
PANASONIC DMC-LX3 , LEICA DC VARIO-SUMMICRON 5.1-12.8mm F2.0-2.8 ASPH. MEGA O.I.S.いつだったのだろう、、遠い昔、最初にこの詩に触れたとき、詩の中にある『がりり』という小気味良いその韻と、そして、、
『トパアズいろの香気』という、透明清冽なイメージが強く心に残った。
でも、今は、その清冽なイメージの裏に、光太郎の深い悲しみが透けて見えるようになった。
ヒトが知らず知らずのうちに積み重ねていく歴史というのはそういうものなのだろう。
Nikon D40X , AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G『makai』
2008, MAY, Tokoname-city, AICHI-Pref.今日はオフ。
家でのんびりしていた。
新しいデジイチが午前中にやって来たので、今からでもいいから、カレラに乗って出かけようかなと。
今から海へ飛ばせば日没に間に合うかなぁ・・
Nikon D3 , AF-S Nikkor 24-70mm F2.8 G ED『Reflective image』
2009, JUNE,
Handa-city, Aichi-pref. JAPAN梅雨の晴れ間・・・というのだろうか。
こういうのは嬉しいといえば嬉しいが身体に堪えるなあ。
とりあえず今月末までは、、がんばって、、
その後のことはそのときに考えるってことで。
あと1週間、ブログも書いてみよう。うん。